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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)296号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

一  原告らの地位等

原告らが平成八年一〇月二〇日に執行された本件比例代表選挙の東京都選挙区における選挙人であることは、当事者間に争いがない。

二  衆議院選挙における小選挙区比例代表並立制の導入の経緯

本件総選挙は、近時における公選法の改正によって成立した新たな選挙制度の仕組みの下で行われた最初の衆議院議員選挙であるが、《証拠略》によれば、右の公選法の改正の経過は、概略次のとおりであったことが認められる。

1  衆議院議員の選挙制度の創設は、大日本帝国憲法が施行された明治二二年に遡るが、その当時は、各選挙区の議員定数を一人とすることを原則とする小選挙区制であった。その後、明治三三年の制度改正により、一選挙区に一人ないし一三人の議員定数を配分する大選挙区制に移行したが、大正八年に再び小選挙区制に戻った。しかし、これも長続きせず、大正一四年には、普通選挙の実施という大改革に伴って、従前の小選挙区制、大選挙区制それぞれの長所を採り、短所を捨てる趣旨の下に、府県を基礎とする一選挙区への配分定数を三人ないし五人とする中選挙区制に移行した。この中選挙区制は、終戦直後の一時期を除いて、戦後の選挙立法にも引き継がれ、昭和二五年に制定された公選法もこれを採用するところとなり、その後も一貫して維持されてきた。

しかしながら、他方で、中選挙区制については、大政党が同一の選挙区に複数の候補者を擁立するため、同一政党に属する候補者間の争いに傾きがちで、選挙が政策の争いというよりは個人間のサービス合戦につながりやすく、それが「金がかかる選挙」の根元となり、ひいては政治腐敗の温床ともなるという難点があるとの指摘がされてきたところであり、従前から国会・政党等の一部に、この制度を、政党本位・政策本位の選挙を可能にする小選挙区制に改めようとする動きが見られたが、結局実現しなかった。

2  この改正の動きが活発化し、現実化してきたのは、昭和六三年ころからで、それは、この年発覚した「リクルート事件」が契機となって、国会の内外に「政治改革」の気運が高まってきたことによるものであった。平成元年六月に発足した第八次選挙制度審議会においても、政治資金制度の改正と並んで、選挙制度の改正が主要なテーマとして取り上げられ、平成三年六月には、衆議院議員の選挙制度として小選挙区比例代表並立制を導入することなどを内容とする答申がされた。これを受けた海部内閣は、平成三年八月、第一二一回国会に右の答申の内容を盛り込んだ公職選挙法の一部を改正する法律案を提出したが、結局審議未了で廃案となった。その後、平成五年一月に召集された第一二六回国会においては、与野党双方から衆議院議員の選挙制度についての改正案が提案され、本格的な議論が行われたが、日の目を見るに至らなかった。

3  衆議院議員選挙の在り方を含む政治改革の問題が新しい展開を示すに至ったのは、平成五年七月一八日に執行された衆議院議員総選挙の結果、議席数が過半数に達しなかった自民党に代わって、同年八月九日、日本社会党、新生党、公明党、日本新党、民主党、新党さきがけ、社会民主連合及び民主改革連合の七党一会派による連立政権(細川政権)が樹立されたことによる。この内閣は、小選挙区比例代表並立制の導入を柱とする選挙制度の改正などの政治改革法案を年内に成立させることを目指す「政治改革政権」で、同年九月一七日、衆議院議員の選挙制度について、小選挙区二五〇人・比例代表(全国単位)二五〇人の小選挙区比例代表並立制を導入することなどを内容とする公職選挙法の一部改正案、衆議院議員選挙区画定審議会設置法案、政治資金改正法の一部を改正する法律案、政党助成法案のいわゆる政治改革関連四法案を第一二八回国会に提出した。

一方、野党となった自民党も独自の政治改革関連法案を同国会に提出した。自民党案も、選挙制度については小選挙区比例代表並立制を導入することとしていたが、議員の総定数を四七一人とし、これを小選挙区三〇〇人、比例代表(都道府県単位)一七一人に振り分ける点や、投票方式として一票制を採用するなどの点において政府案と異なっていた。

4  第一二八回国会における政治改革関連法案の審議は、この法案の基本的理念、一票制か二票制か、比例代表の実施単位、比例代表と小選挙区への定数配分、企業団体献金の禁止の是非など政府案と自民党案の相違点を中心に展開された。一方、連立与党と自民党との間に法案成立に向けて妥協を探る動きも活発に行われ、双方の代表者による会議や、連立与党を代表する細川総理大臣と自民党の河野総裁とのトップ会談も開かれ、いくつかの事項については協議が整ったものの、制度の骨格部分については妥協が成立しなかった。

このため、連立与党は、それまで自民党との間で合意に達していた事項及び右のトップ会談で細川総理大臣が提示した骨格部分の修正(小選挙区の定数を二五〇人から二七四人とするなど)を盛り込んだ修正案を提出した。右修正案及びその部分を除く政府案は、平成五年一一月一八日、衆議院本会議において賛成多数で可決され、参議院に送られた。

参議院においては、参議院議員の選挙制度との整合性などについて議論され、平成六年一月二〇日、政治改革に関する特別委員会において衆議院による修正後の政府案が賛成多数で可決されたが、翌二一日の本会議においては、連立与党内部から反対者が出たことなどにより、一転して否決されるに至った。

5  このため、平成六年一月二六日、憲法五九条に基づく両院協議会が設置され、協議が行われたが、その成案づくりが難航したため、同月二八日、土井衆議院議長が斡旋に乗り出し、連立与党と自民党に対し、「政府案の施行期日を空白としたものを両院協議会の成案として成立させた上、修正のための協議機関を議長の下に置く」という斡旋案を提示した。この斡旋を受けて、再度細川総理大臣と河野総裁との間にトップ会談が行われ、その結果、同日、連立与党と自民との間に政治改革関連法案の取扱いに関し合意が成立した。右合意のうち、選挙制度に関する主要な事項は、「比例代表選挙は、ブロック名簿・ブロック集計とする。ブロックは第八次選挙制度審議会の答申の一一ブロックを基本とする。」、「小選挙区選出議員の数は三〇〇人、比例代表選出議員の数は二〇〇人とする。」、「投票方式は、記号式の二票制とする。」、「衆議院選挙区画定のための第三者機関は、総理府に設置する。」とされていた。そして、右トップ会談で合意された事項については、次の国会で所要の法案処理をすることとされた。

右の与野党合意を受けて、両院協議会は、平成六年一月二九日、政治改革関連法案のうち、衆議院議員選挙区画定審議会設置法案についてはその施行期日を「別に法律で定める日」とし、他の法律案については衆議院送付案のとおりとする旨の成案を作成し、これが、同日、衆参両院で可決され、政治改革関連法案は成立した(公選法の一部を改正する法律は平成六年法律第二号、衆議院議員選挙区画定審議会設置法は同年法律第三号)。

6  上記のトップ会談による合意に基づき、細部について検討するため、平成六年二月四日、連立与党と自民党との間に政治改革協議会が設けられ、同月二四日にはその合意が得られた。この合意のうち、選挙制度に関する主要な事項は、「比例代表選挙の区域は、第八次選挙制度審議会の答申のとおりとする(全国一一ブロック)。各ブロックの定数は、人口比例により配分する。」、「投票方式は、記号式の二票制とする。なお、参議院議員の選挙制度との整合性を考慮して、今後引き続き検討する。」、「衆議院議員選挙区画定審議会設置法の施行に関しては、連立与党と自民党との間において、別途、覚書を交わす。」とされていた。

平成六年一月三一日召集の第一二九回国会においては、右の合意に基づいて衆議院政治改革に関する調査特別委員会から発議された政治改革関連法案についての審議が行われた結果、「公職選挙法の一部を改正する法律の一部を改正する法律」(平成六年法律第一〇号)、「衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律」(同年法律第一一号。この改正による改正後の衆議院議員選挙区画定審議会設置法が前記の「区画審設置法」である。)などが成立し、同改正法は、平成六年三月一一日から施行される運びとなった。

7  右の区画審設置法に基づく審議会(以下「区画審」という。)は平成六年四月一一日に設置され、小選挙区の最初の区割りについて勧告を行うための審議を開始した。同審議会は、平成六年八月一一日に審議の結果をとりまとめ、「衆議院小選挙区選出議員の選挙区の画定案についての勧告」として、内閣総理大臣に答申した。

8  内閣は、右の答申を受けて、平成六年一〇月四日、いわゆる「区割り法案」を第一三一回国会に提出した。この「区割り法」は、平成六年一一月二一日に原案どおり国会で成立し、これによる改正後の平成六年法律第二号は、同年一二月二五日から施行された(同年法律第一〇四号)。

以上の改正によって、新しい選挙制度の骨格が形成されたのであるが、その後においても、平成六年法律第一〇五号及び平成七年法律第一三五号によって制度の整備が図られ、更に、平成八年法律第一〇二号による公選法の一部改正により、衆議院議員選挙における政党の選挙運動に関する規定が改められた。

三  現行の衆議院議員選挙制度

以上のような改正の経過を経て成立した現行の衆議院議員選挙制度(以下「新制度」という。)の下における選挙区の定めの概要は、次のとおりである。

1  議員の定数

定数は五〇〇人とし、そのうち、三〇〇人を小選挙区選出議員、二〇〇人を比例代表選出議員とする(公選法四条)。

2  選挙区

(一)  小選挙区選挙

小選挙区選出議員は各選挙区において選挙する(同法一二条)。その選挙区は、別表第一で定めるものとし、各選挙区において選挙すべき議員の数は一人である(同法一三条一項)。

(二)  比例代表選挙

比例代表選挙は、全国を一一に分けた各選挙区において実施する。その各選挙区及びそこにおいて選挙すべき議員の数は次のとおりである(同法一二条、一三条二項、別表第二)。

北海道選挙区 九人

東北選挙区 (青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島) 一六人

北関東選挙区 (茨城、栃木、群馬、埼玉) 二一人

南関東選挙区 (千葉、神奈川、山梨) 二三人

東京都選挙区 一九人

北陸信越選挙区 (新潟、富山、石川、福井、長野) 一三人

東海選挙区 (岐阜、静岡、愛知、三重) 二三人

近畿選挙区 (滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山) 三三人

中国選挙区 (鳥取、島根、岡山、広島、山口) 一三人

四国選挙区 (徳島、香川、愛媛、高知) 七人

九州選挙区 (福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄) 二三人

3  候補者の届出

(小選挙区選挙)

(一) 政党による届出

次のいずれかに該当する政党その他の政治団体は、当該政党その他の政治団体に所属する者を候補者としようとするときは、当該選挙の期日の公示又は告示のあった日に、文書でその旨を当該選挙長に届け出なければならない(同法八六条一項。以下、この届出をした政党その他の政治団体を「候補者届出政党」という。)。

<1> 当該政党その他の政治団体に所属する衆議院議員又は参議院議員を五人以上有すること。

<2> 直近において行われた衆議院議員の総選挙における小選挙区選挙若しくは比例代表選挙又は参議院議員の通常選挙における比例代表選出議員の選挙若しくは選挙区選出議員の選挙における当該政党その他の政治団体の得票総数が当該選挙における有効投票の総数の一〇〇分の二以上であること。

(二) 候補者又は推薦人による届出

候補者となろうとする者は、(一)と同じ期日に、同様の手続により届け出なければならない(同法八六条二項)。選挙人名簿に登録された者が承認を得て他人を候補者としようとするときも同様である(同条三項)。

(比例代表選挙)

(1) 名簿の届出

次のいずれかに該当する政党その他の政治団体は、当該選挙の期日の公示又は告示のあった日に、当該政党その他の政治団体の名称(一の略称を含む)並びにその所属する者の氏名及びそれらの者の間における当選人となるべき順位を記載した文書(名簿)を当該選挙長に届け出ることにより、その名簿に記載されている者(名簿登載者)を当該選挙における候補者とすることができる(同法八六条の二第一項。以下、この届出をした政党その他の政治団体を「名簿届出政党等」という。)。

<1> 当該政党その他の政治団体に所属する衆議院議員又は参議院議員を五人以上有すること。

<2> 直近において行われた衆議院議員の総選挙における小選挙区選挙若しくは比例代表選挙又は参議院議員の通常選挙における比例代表選出議員の選挙若しくは選挙区選出議員の選挙における当該政党その他の政治団体の得票総数が当該選挙における有効投票総数の一〇〇分の二以上であること。

<3> 名簿の届出をすることにより候補者となる名簿登載者の数が当該選挙区の定数の一〇分の二以上である政党その他の政治団体であること。

(2) 重複立候補

前記(1)の<1>又は<2>の要件を充たす政党等は、当該政党に所属する者を小選挙区選挙の候補者として届け出ることができるが(法八六条一項)、同時にその届出に係る小選挙区選挙の候補者を比例代表選挙の名簿登載者とすることができる(同法八六条の二第四項)。この場合において、二人以上の者を名簿登載者とするときは、それらの者の全部又は一部について当選人となるべく順位を同一のものとすることができる(同条六項)。

4  投票

小選挙区選挙については投票用紙に候補者一人の氏名を、比例代表選挙については一の名簿届出政党等の名称又は略称をそれぞれ自署する方法によってする(同法四六条一項、二項)。

5  当選人

(一)  小選挙区選挙

有効投票の最多数を得た者をもって当選人とする。ただし、有効投票の総数の六分の一以上の得票がなければならない(同法九五条一項一号)。

(二)  比例代表選挙

(1) 名簿届出政党等の当選人の数の決定

選挙区ごとに、各名簿届出政党等の得票数に基づき、ドント方式により各名簿届出政党の当選者の数を決める(同法九五条の二第一項)。

(2) 当選人となるべき順位の決定

二人以上の名簿登載者について当選人となるべき順位が同一のものとされているときは(重複立候補者についてはこのような場合があり得る。)、それらの者の間における当選人となるべき順位は、当該選挙と同時に行われた小選挙区選挙における得票数の当該選挙区における有効投票の最多数を得た者に係る得票数に対する割合(いわゆる惜敗率)の最も大きい者から順に定める(同法九五条の二第三項)。

(3) 当選人の決定

名簿登載者のうち、当選人となるべき順位に従い、当該各名簿届出政党等の当選人の数に相当する数の名簿登載者が当選人となる。この場合において、当該選挙と同時に行われた小選挙区選挙の当選人とされた者は、当選人の決定から除かれる(同法九五条の二第四項、第五項)。

四  原告らの主張についての判断

1  請求原因2(一)の主張(選挙制度全般(小選挙区制と比例代表制に跨る問題)に関する主張)について

(一)  同(一)(1)の主張(公選法の改正過程の憲法違反の主張)について

(1) 原告らは、まず、小選挙区の定数が三〇〇人と定められたのは、党利党略・裏取引によるものであって、その立法目的に合理性がない旨主張する。

細川連立内閣が平成五年九月一七日に第一二八回国会に提出した公選法の一部を改正する法律案においては、衆議院議員の総定数を五〇〇人とし、うち二五〇人を小選挙区選出議員、残る二五〇人を比例代表選出議員とする案であったこと、右法案の衆議院における審議の過程で、連立与党と自民党の間に右法案の成立に向けての妥協が試みられ、その結果、連立与党が、議員総定数五〇〇人を小選挙区に二七四人、比例代表に二二六人に振り分ける案に修正したこと、この案が参議院において否決され、これを受けて設置された両院協議会においても成案づくりが難航したため、衆議院議長の斡旋により、連立与党を代表する細川総理大臣と自民党の河野総裁との間にトップ会談が行われ、右の定数配分については、自民党案に従って、小選挙区に三〇〇人、比例代表に二〇〇人とするとの合意が成立し、結局この案が国会で議決されたことは、前記認定のとおりである。

しかしながら、小選挙区比例代表並立制の下で、衆議院議員の総定数を何人とするか、これを小選挙区選出議員と比例代表選出議員にどのように割り振るかは、その性質上、特定の理念や一定の客観的な基準が存在するものではなく、純然たる政治的判断に委ねられた事柄であるから、新制度の下における右の定数配分が、前記認定のような連立与党と自民党との政治折衝及び妥協の結果により事実上決定されたものであるとしても、右の配分について、その当否は裁判所による司法審査の対象とならないというべきであり、原告らの右主張は失当である。

(2) 次に、原告らは、衆議院議員の総定数の配分が、内閣総理大臣と野党の党首とのトップ会談で事実上決定されてしまったことは、国会の審議権を無視するものである旨主張する。

しかしながら、国会の議事手続の面からみれば、第一二八回国会に政府が提出した「公職選挙法の一部を改正する法律案」(小選挙区、比例代表各二五〇人とするもの)は、衆議院で一部修正された上(小選挙区二七四人、比例代表二二六人とする。)、同院で可決され、参議院では否決されたが、憲法五九条により設置された両院協議会において右一部修正案が成案とされ、これが衆参両院で可決されて成立したこと(平成六年法律第二号)、次いで、第一二九回国会においては、衆議院政治改革に関する調査特別委員会から、「公職選挙法の一部を改正する法律の一部を改正する法律案」(小選挙区三〇〇人、比例代表二〇〇人とするもの)が発議され、これが衆・参両議院で可決されて成立したこと(平成六年法律第一〇号)は前記のとおりであり、国会は、憲法その他の法律に定める手続に従って右の各法律案を成立させたものと認められるから、国会の審議権が無視されたとする原告らの右主張は、当を得ない。

なお、右国会の審議手続を実質的に決定したのは、前記の法案審議の一連の経過に照らせば、連立与党の代表者である細川総理大臣と自民党の河野総裁との間のトップ会談であり、連立与党と自民党との間に設けられた政治改革協議会であったことは、推認されるところであるけれども、現代の政党政治において政党がその政策を実現する主要な手段は、法律を制定すること又はこれを改正することであるから、政党が国会における法律案の審議・処理をめぐって他の政党と折衝・交渉をすることは、政党として最も主要な政治活動の一つに属するものであり、かかる政治活動の当否は裁判所による司法審査の対象にならないから、原告らの右主張はこの点においても当を得ない。

(二)  同(一)(2)の主張(小選挙区制そのものの憲法違反の主張)について

(1) 原告らは、小選挙区制は、わが国における選挙制度の沿革及び現行憲法制定当時の政治情勢からみると、憲法が予定していないものであった旨主張する。

前記のとおり、わが国における衆議院議員の選挙制度の沿革をみると、制度創設の当初は小選挙区制であり、その後、大選挙区制に移行し、再び小選挙区制に回帰するなどの変遷がみられたが、大正一四年に、普通選挙の実施に伴い、従前の小選挙区制、大選挙区制それぞれの長所を採り、短所を捨てる趣旨の下に中選挙区制に移行し、これが、基本的には現行憲法の制定まで継続している。他方、現行憲法制定当時の選挙制度をめぐる政治情勢は、国民主権の立場から民主的な憲法を制定すること、その一環として国民の意思が正確に国政に反映される選挙制度の創設が求められていたことは、公知の事実である。

しかしながら、現行憲法制定の過程において、衆議院議員の選挙制度として中選挙区制が唯一・絶対のものであるとの根本規範が存在し、これを前提にして憲法が改正された形跡は何ら認められない。また、憲法は、衆・参両議院の議員の選挙制度について特定の形態を自らは定めることなく、「両議院の議員の定数」(四三条二項)、「両議院の議員及びその選挙人の資格」(四四条本文)及び「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項」(四七条)について、「法律でこれを定める。」と規定するにとどまっており、憲法の他の規定中にも、特に特定の選挙形態を排斥すべき旨を定めたことを窺わせるものも存在しない。以上のような事情によれば、小選挙区制が憲法の予定しない制度であるとする原告らの主張は根拠がないものといわざるを得ず、かえって、憲法は、衆議院議員選挙の具体的な仕組みを国会の立法裁量に委ねているものと解するのが相当である。

(2) 次に、原告らは、仮に小選挙区制自体は憲法に違反しないとしても、平成六年改正法による小選挙区比例代表並立制は、与党政権の維持と現職議員の利益調整を目的とするものであるから、国会がその裁量権を濫用するものである旨主張する。

ところで、およそ議会制民主主義の下において望ましい国政選挙の仕組みを決定するについては、考慮すべき多数の要素が存在すると考えられる。これらの要素としては、国民の意見や利害を公正、正確、かつ、効果的に国政の運営に集約・反映させるという要請が最も重要であるが、このほかに、その国の歴史、文化、地理的条件、人口、社会経済の動向、政治情勢、国と地方行政組織との役割分担、国民の意識、さらには、国として取り組むべき政策課題及びその優先順位、その国を取り巻く国際情勢、一定の政策を効果的に実行していく基盤としての政治の安定の要請などを挙げることができよう。ある国における具体的な選挙制度の仕組みは、このような複雑・多岐にわたる諸般の要素を総合的に考慮して決定されるものであり、かつ、これらの要素自体が時代によって変化していくから、その変化に対応して変容を迫られるものでもある。わが国の憲法が、国政の中心を担う衆議院議員の選挙の仕組みについて自らは規定せず、これを国会の立法裁量に委ねたのは、以上のような点の考慮に基づくものと解される。したがって、立法府たる国会が決定した衆議院議員の選挙制度は、国会において通常考慮しうる右のような諸要素を総合的に斟酌しても、なお著しく合理性を欠くものでない限り、憲法違反には当たらず、当不当の問題を生ずるにとどまるというべきである。

平成六年改正法が導入した小選挙区比例代表並立制は、前記のとおり、それまでの中選挙区制の下における選挙が、政策の争いというより個人のサービス合戦につながりやすく、政治腐敗の温床ともなっていたとの指摘を踏まえて、政策本位・政党本位の選挙を実現することを本旨とするものであるが、弁論の全趣旨によれば、これと併せて(あるいはこれを通じて)、国民がその政策によって選択した政党が政権に就き、その政策を責任を持って遂行することが期待できること、与党がその政策に失敗したときは、野党が政権に就く可能性が高まり、かつ、それが円滑に行われるようになること、選挙を通じて多様な民意を国政に適正に反映させることなどを企図するものであったことが認められるのであって、この点に関する原告らの指摘は正鵠を射ていない。そして、右のような立法目的は、もとより合理的なものであり、国会がその裁量権を濫用したものとは到底いえない。

よって、原告らの右主張は理由がない。

(3) さらに、原告らは、小選挙区制は、莫大な死票を生み、民意から乖離した強大な政権の誕生を可能にし、投票価値の平等の要請をも充たすことができない欠陥を抱えた選挙制度である旨主張する。

憲法が衆議院議員の選挙制度の仕組みの決定を国会の立法裁量に委ねていること、平成六年改正法による小選挙区比例代表並立制の導入が政党本位・政策本位の選挙制度の実現を目指すものであったことは前記のとおりであるところ、一般理論やこれまでの諸外国における経験に照らして、小選挙区制は民意を集約し、政権の安定や政権交代を容易にする目的に、比例代表制は幅広い民意を吸収する目的に、それぞれ適した選挙制度とされていることにかんがみれば、国会が、前記のような立法目的を達成するため、平成六年改正法によって小選挙区比例代表並立制を導入したことは不合理な制度の選択ということはできず、その裁量権を逸脱したものとは認められないというべきである(なお、小選挙区制については、原告らが主張するように、死票が多いという問題点を抱える制度であるとの指摘が夙にされているところであるが、他方で、小選挙区制には、前述のような利点も存するのであって、この制度を一概に不合理なものと断ずることはできない。)。

また、原告らが指摘する選挙人の投票価値の平等の問題は、新制度に移行する従前の中選挙区制の下における定数訴訟で争われてきた問題でもあるが、これに関する一連の最高裁判決(昭和五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁、昭和五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三頁、昭和六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁、平成五年一月二〇日大法廷判決・民集四七巻一号六七頁)によって示された基本的な判断の枠組みは、次のとおりである。すなわち、「憲法一四条一項の規定は、国会の両議院の議員を選挙する国民固有の権利につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の有する影響力(投票価値)の平等をも要求するものと解すべきである。しかし、また、憲法は、両議院の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量に委ねているのであるから、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一・絶対の基準となるのではなく、原則として、国会が正当に考慮することができる他の政策目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。それゆえ、国会が定めた具体的な選挙制度の仕組みの下において投票価値の不平等が存在する場合に、それが憲法上の投票価値の平等の要求に反しないかどうかを判定するには、右不平等が国会の裁量権の行使として合理性を是認し得る範囲内にとどまるものであるかどうかを検討する必要がある。」というものである。右の基本的な考え方は、都道府県の区域を細分化した小選挙区を設け、これを衆議院議員の選出単位とする新制度の下においても妥当するところであり、小選挙区制の下においても、かかる観点から憲法の投票価値の平等の要求を充たすことが可能であると考えられる。したがって、一般的に、小選挙区制は憲法の投票価値の平等の要求を充たすことが困難な制度であるとする原告らの右主張も、当を得ないものというべきである。

(三)  同(一)(3)の主張(議員総定数五〇〇人の一一ブロックへの配分が不平等であるとの主張)について

原告らは、平成六年改正法による小選挙区比例代表並立制においては、小選挙区選挙と比例代表選挙が「全国民の代表」である衆議院議員を選出する選挙として一体を成すものであるところ、議員総定数五〇〇人の一一ブロックへの配分が人口に比例していない旨主張する。

平成六年改正法による小選挙区比例代表並立制の基本的な仕組みの概要は前記のとおりであり、衆議院議員の議席の全部を改選する総選挙においては、小選挙区選挙及び比例代表選挙が同時に施行され、選挙運動も同時に行われる。しかしながら、右の二つの選挙は、前記のとおり、選挙区、候補者の届出手続、投票の方法、当選人の決定方法などをそれぞれ異にする別個独立の選挙であって、これらが一体の選挙であるとする原告らの右主張は、その前提において失当である。

のみならず、原告らの右主張は、公選法別表第二が定める比例代表選出議員の各選挙区の地理的範囲を「ブロック」と称し、最大剰余法によって総定数五〇〇人を一一ブロックに配分した結果と、平成六年改正法による各ブロック内の小選挙区選出議員及び比例代表選出議員の定数を合わせた数(ブロック議員数)とを対比して、人口比例の原則に反するとするものであり、その趣旨とするところは、究極において、衆議院議員の選挙制度は、その選挙区の単位は別にして、厳格に人口に比例して議員を選出するという意味での比例代表制に純化すべきものとする主張に通じるのであるが、かかる主張は肯認し難い。けだし、既に述べたとおり、国政選挙の制度の在り方については、憲法上、国会が原則として、その裁量権に基づき諸般の要素を考慮して決定することができるものである上、人口比例の原則、換言すれば投票価値の平等の原則も、唯一・絶対の基準ではなく、原則として、国会が考慮し得る他の政策目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものだからである。

(四)  同(一)(4)の主張(重複立候補制の憲法違反の主張)について

(1) 新制度の下における重複立候補制の概要は前記のとおりであり、その立法趣旨は、小選挙区選挙における候補者届出政党が、その届出に係る候補者のうち、「当選させたい者」を比例代表選挙の名簿登載者とすることにより、その者が仮に小選挙区選挙で落選しても、比例代表選挙において当選することを可能にすることにある。右の制度も、政策本位・政党本位の選挙を実現する方策の一環であって、政党が当選を得させたいと望む人物にできるだけ当選の機会を与えようとするものである。

この制度に関し、原告らは、国民が一票を投ずるときの意識は、投票用紙に記載した候補者の主張を支持するとともに、その他の候補者の主張を支持しない意思も含まれているのであるから、小選挙区選挙において当選人とならなかった者が比例代表選挙において当選人となることができる仕組みは、国民の右のような意思を反映していないと主張する。

しかしながら、仮に、小選挙区選挙において特定の候補者に投票する選挙人の中に原告ら主張のとおりの意思を有する者があるとしても、そのような意思を尊重する制度でなければ、国会がその裁量権の範囲を逸脱するものと断ずるのは相当でない。けだし、右に述べた立法趣旨のように、選挙制度として特定の候補者に当選を得させたいとする政党の意思を尊重することにも合理性がないとはいえないのであって、いずれの意思を尊重する制度を採用するかは、国会の裁量の範囲に属するとみるべきだからである。のみならず、小選挙区比例代表並立制の下で、選挙の際二票を投ずる国民の意識(投票行動)は、一義的に原告ら主張のようなものではなく、さらに複雑なものと考えられる。たとえば、小選挙区選挙においては、自己の支持しない政党に属する候補者の人物を評価してこれに投票し、比例代表選挙においては、自己の支持する政党に投票するという選択や、小選挙区選挙においては、自己の支持する政党に属する候補者に投票し、比例代表選挙においては、右の支持政党と連立政権を組んでいる別の政党に投票するという選択肢も合理的に考えられるところであって、これらの投票行動にあっては、必ずしも小選挙区選挙において投票用紙に記載しなかった者の主張は支持しないとの意思であると断ずることはできないのである。原告らの右主張は、この点からみても失当である。

また、原告らは、右のような仕組みは、重複立候補の候補者にのみ敗者復活の機会を与えるものであって、かかる当選人は「正当に選挙された国会における代表者」(憲法前文)とはいえないと主張する。

しかしながら、小選挙区選挙で落選した者が比例代表選挙で当選した場合であっても、前記のとおり、右二つの選挙は別個独立の選挙であり、比例代表選挙にのみ着目すれば、右の者も、名簿届出政党が名簿に登載した者として当選を得たことに変わりはないのであるから、これを「正当に選挙された国会における代表者」とみるに何ら妨げはないというべきである。

(2) 次に、原告らは、重複立候補制は現職議員の議席の確保を目的とするものであり、その前提として小選挙区比例代表並立制が採用されたのであるが、かかる制度の採用は、国会がその立法裁量権を濫用したものであると主張する。

しかしながら、平成六年改正法が導入した小選挙区比例代表並立制の目的は前記のとおりであって、これを専ら現職議員の議席の確保にあったとする原告らの右主張は正当でない。加えて、公選法は、候補者届出政党が、その届け出た候補者のうち比例代表選挙の名簿に登載することができるものを現職議員に限定していないのであるから、原告らの右主張は、この面からも採用し難い。

(五)  同(一)(5)の主張(小選挙区比例代表並立制全体の憲法違反の主張)について

原告らは、平成六年改正法による小選挙区比例代表並立制は、請求原因(一)(1)ないし(4)のとおり、不合理な制度の組み合わせによって成り立っているものであり、憲法前文及び同法四三条一項に違反している旨主張する。

しかしながら、請求原因(一)(1)ないし(4)における憲法違反又は国会の裁量権の違反の主張は、既に述べたとおり、いずれも根拠がないものであり、平成六年改正法が導入した小選挙区比例代表並立制は著しく不合理な制度であるとまでは断ずることができないから、原告らの右主張も理由がない。

2  請求原因2(二)の主張(比例代表制に関する主張)について

(一)  同(二)(1)の主張(投票方法が民主主義に反するとする主張)について

(1) まず、原告らは、比例代表選挙の投票方法は、政党を選択させるものであるから、直接選挙の要請(憲法四三条一項)に反している旨主張する。

憲法が、衆議院議員選挙の具体的な仕組みの決定を、原則として、国会の立法裁量に委ねたものと解すべきことは前記のとおりであり、選挙人の投票の方法や当選人の決定の仕組みを決めるのもこのような裁量事項に含まれるものと解される。原告らの右主張は、憲法四三条一項が、衆議院議員選挙の投票の方法として、候補者の氏名を投票用紙に記載する方法のみを容認しているとの解釈を前提とするものと解されるけれども、右の主張はその前提において正当でない。右憲法の規定は、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と定めるものであるが、これは、両議院の議員は、国民の一部の代表者(部分代表、地域代表など)ではなく、全国民の代表者と観念されるものでなければならず、具体的な選挙制度においてそのような仕組みが確保されなければならないとする趣旨であって、選挙における投票の方法まで指定するものではないと解すべきだからである。そして、新制度の下での選挙における投票の方法及び当選人の決定の仕組みは、前記のとおり、小選挙区選挙においては、従前どおり候補者の氏名を記載するものとし、その有効投票の最多数を得た者を当選人とする一方、比例代表選挙においては、政党の名称を記載するものとし、各政党が獲得した得票数に応じて当選者の数を決定し、各政党が予め作成した名簿の順位に従って当選者を決めるという方式であるが、このような方式は、右の憲法四三条一項が定める代表原理の要請をも充たすものであり、これを採用することは、国会の合理的な裁量権の行使の範囲内にとどまるというべきである(現に、参議院議員の通常選挙については、昭和五六年の公選法の改正により、右と同様の投票方式が採用されている。同法四六条三項参照)。

なお、比例代表選挙においては、選挙人は、政党の名称を投票用紙に記載して投票するのであるが、各名簿届出政党等が提出した名簿は告示されるものとされ(公選法八六条の二第一三項)、また、名簿登載者の氏名、経歴、政見等や当選人となるべき順位は各都道府県の選挙管理委員会が発行する選挙公報にも掲載されるから(同法一六七条二項)、選挙人は、これらにより知り得た名簿登載者とその順位を投票の参考にすることができるのであって、比例代表選挙における投票には、間接的ながら個人への投票という要素も含まれているとみることができる。さらに、政党が名簿登載者の選定(それらの者の間における当選人となるべき順位の決定を含む。)の手続を定めたときは、これを自治大臣に届け出るべきものとされ、自治大臣は届出事項を告示するものとされているから(同法八六条の五第一、第二、第五、第七項)、選挙人は、各政党が公正な手続により名簿登載者を選定しているかどうかという点をも判断して、投票する政党を決めることができるのであり、政党の恣意的な候補者の選定はここにおいて国民の批判を受けることになるのである。これらの点も、比例代表選挙における政党への投票の合理性を補強するものというべきである。

以上のとおりであるから、原告らの右主張は理由がない。

(2) 次に、原告らは、政党の組織や政策綱領が法律制度として不明確な上、政党が離合集散する現状においては、選挙において政党に投票する方法は、国民の意思を公正、かつ効果的に反映する方法とはいえないから、代表民主制(憲法前文、四三条一項)に違反する旨主張する。

新制度が政党本位・政策本位の選挙制度を導入したのは、いうまでもなく、わが国社会において政党が現実に果たしている役割の重要性を認識したことによるものと解される。現代のように、経済社会が高度化・複雑化し、国民の利害も多岐に分化する時代にあっては、政治的意見を同じくする者の集団である政党が、その組織力をもって国民の利害や意見を的確に吸収し、国の政策に高めるという政治過程の必要性の認識がどの国においても一般化しており、わが国においても例外ではない。政党は、いわば議会制民主主義にとって不可欠の装置なのであり、わが憲法も政党について直接規定することはないものの、その存在を予定していることはいうまでもない(最高裁昭和四五年六月二四日大法廷判決・民集二四巻六号六二五頁参照)。新制度は、このような政党の現代的役割にかんがみ、わが国の政治の中枢を担う衆議院議員の選挙において、政党その他の政治団体が主体となる選挙制度を導入し、その一環として、比例代表選挙については、投票方法として政党の名称を記載し、各選挙区ごとの各政党の得票率によって当選人の数を決定するという仕組みを採用したのであるが、かかる仕組みは、国民の多様な意見や利害を国会に正確に反映させることを可能にするものとして諸外国においても広く採用されてきた制度であり、国会がこれを採用したことは、その裁量権の行使として合理的なものと認むべきである。

原告らは、政党の組織や政策綱領が法律制度上国民に明確にされていないと主張するけれども、もともと政党に対する国家権力の不当な介入は避けるべきであるから、政党の組織や活動の在り方などを法律によって規制することについては限界が存することを認めなければならない。新制度においても、公選法は、一定の場合に、名簿届出政党等となる要件を充たす政党その他の政治団体に対し、その政党等の綱領・党則・規約その他これに相当するものを記載した文書の提出を義務づけ、これについて告示を行うこととし(公選法八六条の二第二項、第一三項、八六条の五第三項、第五項、八六条の六第四項、第六項)、また、比例代表選挙においても、都道府県の選挙管理委員会が、名簿届出政党等の政見などを掲載した選挙公報を、選挙ごとに、一回発行しなければならないものとして(同法一六七条二項)、名簿届出政党等の組織や政策をできるだけ国民に明らかにする措置を講じてはいるが、右により提出すべき綱領・党則・規約の要件及び内容については特に規制するところがない。これは、前記のような法律による規制の限界を意識したことによるものと推認される。しかしながら、翻って考えれば、現代の民主社会において、各政党が有している政策を国民に周知させる役割は、国家ではなく、政党自体がこれを担うことを期待されているのであって、各政党の組織や政策綱領が国民に不明確であるとすれば、それは、第一次的には、選挙制度を始めとする国家制度の在り方の問題ではなく、政党自体の責めに帰せられる問題というべきである。そして、各政党が自らの政策を正しく国民に伝える努力は、原告らの主張するように政党が離合集散を繰り返す時代においては、一層強く求められるものということができよう。

以上のとおりであるから、国会がその裁量により、新制度の下での比例代表選挙における投票の方法として政党の名称を記載する方法を採用したことについては、一般の政治理論、諸外国の経験などに照らして、十分な合理性が存するというべきである。

(3) 原告らは、重複立候補者について、名簿上の同一順位を認め、惜敗率によって当選者を決める方式は、当選者の順位が不明確なまま国民に候補者の選択を求めることになるから、直接選挙の要請に反すると主張する。

比例代表選挙における選挙の仕組みの概要は、前記のとおりであり、その候補者の届出は、公選法八六条の二第一項に規定する要件を備えた名簿届出政党等に限り、することができる。すなわち、候補者届出政党は、その名称(一の略称を含む)並びにその所属する者の氏名及びそれらの者の間における当選人となるべき順位を記載した文書(名簿)を届け出ることにより、その名簿に記載されている者(名簿登載者)を当該選挙における候補者とすることができるのである。この届出において、同項第一号又は第二号の要件を備えた政党その他の政治団体は、小選挙区選挙の候補者として届け出た当該政党等に所属する者を、同時に比例代表選挙の名簿登載者とすることができ、これらの者二人以上を名簿登載者とするときは、その全部又は一部について当選人となるべき順位を同一のものとすることができる。投票は、投票用紙に、一の名簿届出政党の名称又は略称を自署する方法によってする。当選人は、選挙区ごとに、各名簿届出政党等の得票数に基づき、ドント方式により各名簿届出政党等の当選者の数を決め、予め定められた当選人となるべき順位に従い、当該各名簿届出政党等の当選人の数に相当する数の名簿登載者が当選人となる。この場合において、二人以上の名簿登載者について当選人となるべき順位が同一のものとされているときは、それらの者の間における当選人となるべき順位は、当該選挙と同時に行われた小選挙区選挙における得票数の当該選挙区における有効投票の最多数を得た者に係る得票数に対する割合(いわゆる惜敗率)の最も大きい者から順に定めるものとされ、なお、右小選挙区選挙の当選人とされた者は当選人の決定から除かれるものとされる。

右のような比例代表選挙における候補者の届出、投票の方法及び当選者の決定の仕組みは、国民が選択した政党の得票率によって政党ごとの当選者数を決定し、名簿登載者を予め定められた順位に従って当選者とするものであって、右当選者は、憲法四三条一頃の「国民を代表する」という要件を優に備えたものと認められる。原告らの右主張は、比例代表選挙においては選挙人が候補者を直接選択するとの制度理解を前提とするものと解されるが、その前提自体が正当でない。のみならず、原告らが問題にする同一順位者は、選挙人が政党を選択する時点においては当選人となるべき順位が確定していないけれども、これが同時に行われる小選挙区選挙の結果という客観的指標によって確定されている仕組みになっている上、小選挙区選挙における「戦いぶり」(惜敗率)によって比例代表選挙における当選人となるべき者の順位を決定するというのも、政党が主導権を持って実施する選挙の有り様としては、それなりの合理性をもつものと評価することができ、国会がかかる制度を採用したことをもって、その裁量権を逸脱したものとまではみることができない。

よって、原告らの右主張も理由がない。

(二)  同(二)(2)の主張(立候補の制限は表現の自由を制限するとの主張)について

原告らは、平成六年改正法による比例代表選挙は、政党等に属しない候補者の立候補を事実上困難にすることによって、無党派の立候補希望者及び国民双方の表現の自由を不当に侵害し、既成政党を保護することを目的とするものであった旨主張する。

比例代表選挙においては、前記のとおり、公選法八六条の二第一項第一号ないし第三号のいずれかに該当する政党その他の政治団体に限って、名簿の届出によりその政党等に所属する者を候補者とすることができ、これ以外の方法による立候補は認められていない。そこで、新制度が名簿届出政党等の要件を右のように定めたこと及び名簿届出政党等に所属する者以外のものの立候補を認めないこととした理由について検討する。

新制度は、政党本位・政策本位の選挙の実現を目指すものであり、その一環として、政治腐敗を防止するため、政権交代を容易にする政治状況を作り出すという要請もあったことは、前記のとおりである。このため、《証拠略》によれば、新制度を導入するに当たっては、衆議院選挙の主体となるべき政党の要件をどのように定めるかが極めて重要な問題となり、与野党間の見解も対立し、結局前記の平成六年一月二八日の「トップ会談」によって決着が図られたことが認められる。このように、「政党要件」が重要な政治問題になった理由は、政権交代を安定的に可能にするためには、政権の受け皿となり得る複数の政党が存在することが必要となるが、このような政党は、国民の利益や意見を幅広く吸収し、これを集約して、国民全体の利益の観点から具体的な政策に高める能力を有するものであり、こうした活動を継続的に実施していく組織・人員及び広範な国民の支持を確保することができるものでなけれげならないからである。そして、弁論の全趣旨によれば、国会は、どのような政党が右のような要件を具備しているかを国家が審査・判定することは、政党の組織や活動に対する不当な介入となるおそれがあることを考慮して、これを何らかの外形的・客観的な基準によって定める必要があるとの観点から、基本的には右の基準を、国民の政治的意識や政党支持の動向を全国的規模で把握することができる国政選挙の結果に基づいて定めることにしたものと認められる。この基準が候補者届出政党と名簿届出政党等に共通する「政党要件」(公選法八六条一項一号又は二号、同法八六条の二第一項第一号又は第二号)で、右両条の一号においては所属国会議員の数を、二号においては得票率をそれぞれ基準としている。このうち、一号の要件は、参議院比例代表選出議員の選挙における名簿届出政党等の要件と同じであり、二号の要件は、政府原案では「三パーセント以上」とされていたのを国会の審議において修正したもの(なお、《証拠略》によれば、平成二年七月三一日の選挙制度審議会の答申においては、「衆議院小選挙区議員において候補者を届け出ることができる政党」の得票率要件として、「直近において行われた衆議院総選挙若しくは参議院通常選挙のいずれかの選挙における得票率が全国を通じて一パーセント以上」とされていたことが認められる。)であって、政党要件の外形的・客観的基準としては、それなりの合理性を有するものと評価することができる。

これに加えて、比例代表選挙については、候補者を擁立することができる政党その他の政治団体として、名簿の届出をすることにより候補者となる名簿登載者の数が当該選挙区の定数の一〇分の二以上である政党その他の政治団体が挙げられている(公選法八六条の二第一項第三号)。これは、名簿届出政党等の要件を国会議員の数や過去の国政選挙における得票率のみによって定めることとなると、国政選挙において実績を持たない政党その他の政治団体が比例代表選挙に候補者を立て得る余地がなくなり、これらの政党等が選挙を通じて自らの政策を国民に訴えかける機会を奪うことになって相当でないという考慮に基づくものであり、右の「当該選挙区の定数の一〇分の二以上」の候補者という要件は、当該政党等が当該選挙区の選挙に相当な影響力を有することになる指標として選択されたものと推認される。

新制度が名簿届出政党等となりうる要件を限定的に定めたことは、右のとおり、合理的な理由が存在するものというべきであり、この制度の下では、名簿届出政党等となる要件を備えない政党その他の政治団体に所属する者は比例代表選挙の候補者となることができず、国民の側もかかる政党等の政策を選挙を通じては知ることができないことになるとしても、それは、前記のような立法目的を達するためのやむを得ない制約であって、国会の裁量の合理性は減殺されないというべきである。さらに、原告らが、「政党要件」を厳格にしたのは、「既成政党を保護し、新党の活動を制限する」ためであるとする点は、前記の説示に照らして、正鵠を射たものとは言い難い上、仮に「政党要件」を厳格に定めたことが既成政党に有利に作用する面があるとしても、それは事実上の問題であって、前記の国会の裁量の合理性を左右するものではないというべきである。

(三)  同(二)(3)の主張(南関東選挙区の区割りが不合理であるとの主張)について

原告らは、比例代表選挙の選挙区割りについては、全国を一一選挙区に区分した理由が明確でなく、千葉県、神奈川県及び山梨県をもって構成される南関東選挙区の区割りは合理性がない旨主張する。

細川連立政権が平成五年九月一七日に第一二八回国会に提出した公選法改正法案においては、比例代表選挙は全国一選挙区とするとされていたこと、他方、自民党が同じ国会に提出した公選法改正法案においては、比例代表選挙の選挙区は各都道府県を単位とするとされていたこと、右の与野党間の意見の相違は、平成六年一月二八日の「トップ会談」で調整が図られ、比例代表選挙の選挙区については、第八次選挙制度審議会が答申した全国を一一のブロックに分ける案を基本とすることが合意されて、これが新制度となったことは、前記のとおりである。そして、《証拠略》によれば、右の第八次選挙制度審議会の答申は、平成二年四月二六日にされたもので、小選挙区比例代表並立制の導入を柱とするものであること、この答申においては、比例代表選挙の選挙区は、全国を一一に分けた広域のブロック(北海道、東北、北関東、南関東、東京、北陸信越、東海、近畿、中国、四国、九州)を区域とするものとされていること、このようなブロック制を採用する理由としては、「全国を単位とした場合には候補者数があまりにも膨大となること、また、都道府県を単位とした場合には比例代表制の趣旨が活かされないこと、他方、今日では、行政をはじめ経済その他の面において都道府県を超えた広域的な結びつきが見られ、今後さらに国民の生活圏の拡大が予想されることを考え、広域のブロックを単位とする。」とされていること、右の各ブロックを構成する都道府県は、前記の新制度の下での比例代表選挙の選挙区割りと同じであることが認められる。

右の事実によれば、新制度が、比例代表選挙の選挙区について全国を前記の一ーの選挙区に区分する方式を採用したのは、政党名で投票する比例代表選挙においても、選挙人に各政党の候補者の政策や人物ができるだけ身近に看取できる選挙区割りが望ましいという基本思想に基づき、地域の沿革、地理的な近接性、交通事情、生活圏・経済圏としての結びつきやまとまり、各省庁の地方支分部局の管轄の範囲などを考慮したことによるものと推認され、このような選挙区割りにもそれなりの合理性があるものと認めるべきである。したがって、新制度における右の選挙区割りの理由が明確でないとする原告らの右主張は、正当でない。

ところで、右の選挙区のうち南関東選挙区は、千葉県、神奈川県及び山梨県で構成されているが、これらの三県は、地理的には近接しているものの、その区域は東京都によって分断された飛び地になっており、他の前記の要素による地域としての結びつき・まとまりにおいても稀薄な面があることは否めない。

しかしながら、南関東選挙区の構成が右のようになった最大の要因は、右三県に挟まれて位置する東京都が全国の人口の約一〇分の一を擁する地域であるため、これを独立の選挙区に構成する必要があったことによるものと推認されるのであって、かかる要因は、全国の他の地域にはみられない特殊な区割りの要素であったと考えられる。加えて、比例代表選挙においても、各選挙区の人口が極端に均衡を失する区割りは適当ではないこと、政党名で投票がされる比例代表選挙の実施単位については、前記の細川連立政権の政府原案に見られるように、全都道府県を通じた単位とする方式も、あながち不合理とはいえないことなどを併せ考えれば、右の南関東選挙区の区割りは、全体の区割りとの関連においてやむを得ないものであったと認むべきであり、これを一概に不合理なものと断ずることはできず、これに反する原告らの右主張も採用することができない。

五  結論

以上のとおりであるから、原告らの請求原因はすべて理由がなく、本訴請求はいずれも棄却すべきである。よって、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第一民事部

(裁判長裁判官 河野信夫 裁判官 小池信行 裁判官 坂井 満)

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